22 Mar 2015

「例えば、、リボン。」


「忙しいんだよ。」

と、くるりと背中を向ける君。
どうせ構ってもらえなくたって結構!
ちっちゃな時から一人遊びはお得意さまだし、
それは大人になった今もそう。

少し拗ね気味に始まった週末は、
三晩も続いた悪夢のせい。
おまけに今でも左の首はひどく寝違えている。

窓を開ければ今年一番のうぐいすの鳴き声が響き渡り、
「陽気過ぎるじゃないの!本物なの?」
なんて、ひねくれ状態。

ありもしない夢の中の君の態度に、
午前中までは大分打ちのめされていたけれど。。
きっと午後からは大丈夫。
いつもより濃いめに入れたコーヒーで
「私だって忙しいの!」
って、忌まわしい悪夢たちにサヨウナラするの。
大事なのは今ここにある現実なんだから!
と強く自分に言い聞かせて。

とりあえず、デスクの脇のスケッチブックを開く。

「こんな一人っきりの“空き時間”を理想の世界で満たす、
一冊のスケッチブックがあればいいんだもの!」

くどくどとした理屈を自分なりに並べてみたものの、
まだ少々ご機嫌斜め。

だけど、一旦「例えば、、」が始まれば問題ないはず。
何かに打ち拉がれていたら、何かを生み出すことで救われる事もある。


スケッチブックの中は沢山の「例えば、、」が詰まっている。
あらゆるアイデア、ひらめき、情報、間違い、矛盾が混在するところ。

それらをペン一本で好きなだけ収納できて、いつでも持ち運び可能。
性能面ではAppleに負けるかもしれないし、
カギさえかけていないけれど、
ダイヤモンドのついたゴールドのネックレスよりもずっと貴重品。
全てのクリエーションの始まり。

さて、時間をちょっと巻き戻して。。

月曜日。
向かったのは蔵前の問屋街。
細々とした材料を必要とする製作者たちの中には、
きっと私のように、週末を早く終わらせて
問屋さんの営業が始まる週明けを楽しみにしている人がいるはず。

今週取り組んだ作業はリボン選び。
そして、リボンと言えばMOKUBA, maid in Japan!

初めて来たのはもう20年くらい前だったかな。
中学生の頃、母親に連れて行ってもらったっけ。
その頃はビーズやらリボンやらが大好きで、机の引き出し一杯になるくらい集めていた。
とにかく一番良いものが欲しかった。
ベルベット、シルク、ゴブランにアンティークレース・・
美しいものを見ると目だけが肥えていく。
何時間も迷いすぎて決められない私に、
「全部買えば良いじゃない!」と太っ腹な母親。
今思えば、本当に生意気な中学生!


お店のウィンドーも美しいMOKUBA。
ここでのリボン選びはまさに夢の時間。
15時には切り上げるって決めてたのに、もう!

だって、ここでもやっぱり、
終わりの無い「例えば。。」が始まってしまうから。

配色、手触り、幅、光沢感。。

リボンの魅惑にはまってしまったらもう大変!
ただの細長い布切れなのに、なんだってこんなにも心を射止めるの?

何でもないボックスにちょこんとリボンがつくだけで、突然特別なギフトに変わる。
リボンがもたらす喜びの魔法は、
子供から大人までがいとも簡単にかかってしまうみたい。
きっとこの世で最も素朴でピュアな仕掛けね。
まさに魔法の布切れ!

だからリボンの需要が続くことは、なんだか嬉しい。

日本が生み出す魔法の多くは、どこか素朴で控えめで
だけど暮らしの中の人の心情の部分に添うものな気がする。
きちんと頭と心のバランスのとれたデザイン。
この国の本来のテンポを感じられる商品が好き。
モノの本当のクオリティーは、
無理強いしなくても、ちゃんと伝わり拡がっていくと信じている。


さて、袋に詰めたサンプルたちを持って家路に着こう。


テーブルに広げたリボンの束たちを目の前に、
一人「例えば、、」の連続。

「例えば、、これとこれを組み合わせてみたり。。?」
「例えば、、この幅のこの長さで切って結んでみたり。。?」
「うぅーん。。例えば、、やっぱり違うか。。」

まるで気のぴったり合う友達とのおしゃべり。
その会話が何時間にも及ぶ理由の1つには、
こんな「例えば」で始まる未来形の言葉のやりとりが飛び交うから。

「例えば、、」はアイデアを膨らませる言葉。
「例え話」が多ければ多い程、
クリエーションのイメージは拡がっていくもの。

フワフワとして形のないものに分かりやすい筋道を立てながら、
目の前の霧に隠れた道を少しづつ発見し歩いていく。

「例えば、、」

とまた続き。

ラッピングの第3幕は、こんな1人呟きで溢れている!






15 Mar 2015

“おまけ”とラッピング。



「これ、おまけね。」

と言って、アメ玉を1つだけポンと袋に入れてくれたり、
キラキラ光るステッカーを一枚余分にひょいっと足してくれたり、
花を買ったら帰り際にガーベラを一輪だけそっと手渡してくれたり、

そんな何気ないコトでその日がとてもラッキーな日に感じることがある。

“おまけ”がもたらす喜び。
嬉しい不意打ちはまるで流れ星を見た時と同じ気持ち。
それはいつも思ってもいない品物で
必ずしも自分が求めているものではないけれど、
一瞬にして何か特別で素敵なギフトに変わることもある。


今週はこんな思いに少し浸っていたような、、
そして少し疲労困憊気味。
だって、あらゆる思いをぎゅっと詰め込んだから。

一体何のこと??

そう、先月にスタートしたジュエリーブランド
「ポエティーク」のための包装のこと!

サイトも既にアップしたし、本当だったらもうとっくに決まっているべきものの、
「ま、いいや」の延ばし延ばしでこの始末。
そんなところもなんて自分らしいんだろう。


先日、友人から貰ったmokichiのコーヒー。
“Blend Rouge Blend"と書かれた袋からは
もう既に夢のような良い香りが漂っている。
それにゆっくりとお湯を注ぎ入れたら、さあ始めよっか。

大きくて繊細なプロジェクト。
これがどれだけ重要だと言うことをずっと心の奥で知っていた。

時間をかける作業には必ずそれなりの理由がある。

“おまけ”がもたらすような素敵なサプライズ。
そんな魔法をどうしてもかけてみたくて。

第一幕。
それはお待ちかねの紙選び。

全てのデータをUSBに放り込んでとりあえず身支度し
お決まりの場所でちゃんと腹ごしらえをしたら、
迷わず竹尾ペーパーのショールームへ!

ここに来る時はいつも小雨だ。。
青山の静かな住宅地の中、この雨がこの訪問を
一層厳かな儀式のような気分にさせるのも、
何か意味があったりして。

この静かな空間ではあらゆる種類の紙を手に取れるから
時間がいくらあっても足りない。
ここで一日は過ごせるな。。
静かに夢中、、ってこういうの。

紙は本当に美しい。
色、厚み、触り心地で随分と雰囲気が変わる。
そして、どこまでも想像力を沸き立てる。

う〜ん、これもいいし、あれもいい感じ。


でも何故か手に取るのは全て日本の紙。
「里紙」「みやぎぬ」・・・
それから自分の求める色合い、
それらはやっぱり日本の色にあるらしい。
「古染」「かすみ」「くるみ」「うす鼠」「わら」
日本語の美しい響きをこんな所で口にするのがなんだか嬉しくなる。
きっと、これらの中に魔法を生み出す何かが潜んでいるはず。

そうこうしているうちに時間はどんどん過ぎていき・・
優柔不断な自分を無理矢理押し切って、
とりあえず試作分を手に入れる。
何事も集中力が切れる前に!が肝心でしょ?

アトリエに戻ったら第二幕。

切ったり折ったり、貼ったり重ねたり、
色々とやってみる。
ちょっとグラフィックデザイナーにでもなった気分で、
いつもとは違う感覚を使ってみれば
そこには面白い発見と新しい着眼点が生まれるもの。


試してみたのは、「重ね」。
それは着物のように、日本人の美意識が生み出してきた業。
どこまでも美しいものへの感覚を研ぎ澄ましていく“訓練”のような
なんとも奥深い教養を身につけるような
そんな時間を紙と共にひとり過ごす。

一つ一つの作業に意識を向けることは時間がかかる。
でも、そこには何か深く神聖な時間が流れていて
一瞬一瞬の価値の重さを体感出来るみたい。

そう、時間をかけて選び、練って、挑むことはとても愛おしい。
その途中段階では薄いヴェールに包まれているように
外側からは時に時間が止まっているかのように思われるけれど、
内側では絶えず動いている。

一番良いもの、納得のいくものを生み出したいという思い。

丁寧に、丁寧に。

ゆっくり進めばいいじゃない。
急ぐ必要なんてどこにある??
健やかな達成感はそうやって得られるものじゃないかしら?

自分が描きたい世界に続く細く見えない階段を一段一段、
セメントでしっかりと象っていく。
目に見えないものから「形」あるものへ。

そして第3幕へ。。。

to be continued..






1 Mar 2015

colour me marble.


毎日ほとんどが寝坊がちなこのからだ。
だけど今朝は結構早起きして
いつもと違う場所で朝のコーヒーを欲しがっている。
連日の寒さに身体のあちこちが痛むけど、
妙に清々しい気分。

気がつけば今日から3月。
春に向かうための見えない絨毯が目の前に敷かれたみたい。

サクッとバスに乗って数ストップ先のあのカフェまで行ってみようか。
ぱらつく小雨に、傘をさすのも億劫だから少し速足

いつものパソコンもスケッチブックも持たずに出てきたから、
バックの中はほとんど空っぽで。
うっかり忘れてきたんじゃない、業と忘れた振りをしてみた。
そんなことは十分承知なのに
朝のカフェの席でのこの手持ち無沙汰を、
諦めてただボーッと過ごす。
そんなやるせなさが
今日は都合の良い言い訳になる。

雨の日の朝のカフェが好き。
特に10時までの時間がお気に入り。
まだ人気のない店内で、程よい音量の話し声が辺りに響くから、
さっきまで見ていた夢のちょうど後半をもう少し見ているような
不思議な気持ちにさせてくれる。

見渡せばそこには様々なお客達。
常連さん?
Macを持ち込んだクリエーター達の朝のミーティング。
その横でマダム達の気ままな世間話。
ひとりiphone片手にフェイスブックをチェックする若い女子の隣では、
歳とった白髪のおじいさんがutubeに夢中になっている。

そんな中で、私はただボーッとして過ごす。


最近はこんな時間が贅沢で愛おしい。
ロンドンでの学生時代は、本当に良くボーッとして過ごしていた。
こんな風にカフェで。
1人の時もあれば2人の時もあって、制作の合間のほんの一息のつもりが
長丁場になることが殆どで。
そうして些かの罪悪感を持ってアトリエに戻る。

だけど、知ってるの。
あの時も今も、きっとこれからも。。


目的も理由も意味もないただ「居る」という感覚、
それのみを確かめる為のここは最良の場所だということを。

ヨガでも瞑想でも得られなかった、ここでのこうしたいわゆる“白”い時間。
いや、“白”というよりはもう少し“茶色”を含んだマーブルカラー。
カフェラテのフワフワの泡の中で、
少しの苦さと欲望が入り交じったようなそんな色。

だって、こんな清々朝にビリー・ホリデーなんかが
BGMで流れているんだから!

シミひとつないコットン100%の真っ白いシーツよりも、
皺だらけの洗いざらしのリネンをあえて選ぶような
そんな心地よい不完全さにどうしてもそそられる。

間違えたり、失敗したりを繰り返して得たものの中には、
何か特別な“特典”のようなものが潜んでいるような気がして。

それは手作りが生み出す柔らかさにも少し似ていたりもするのかな?

さて、そろそろ10時過ぎ。
今日のミッションをやり遂げるエネルギーは充分得たみたいだし、
今からはもうひとつの夢の作業へ。。

good morning world!




19 Feb 2015

Jewellery to be served!





先日、2/14のValentine's Dayに立ち上げたジュエリーブランド。

「POETIQUE(ポエティーク)」

“ブランド”と呼べる程、大きくも立派でもないけれど
この世に生み出されたひとつの小さな世界。

オリジナルでありたいと思えば思う程、
クリエイターとしての自分の内側を覗き込み深く深く掘り起こす作業。
自分の幼い頃の感覚をもう一度引っ張りだすような
なんとも自分にウソをつけない、
ある意味ピュアにならざるを得ない、
そして、手の込んだジュエリーの制作並に時間のかかる
一連の過程を経て辿り着いたのは、
ほんのスタート地点。

「ポエティーク(詩的な)」という名に込める思い。

言葉は人と人の間で交わされて
それは、情報となり知識となりコミュニケーションの便利なツールとなって
物事の大まかな概要を説明してはくれるけれど
きっと全ては語られない。

言葉以外から発せられるその人の“ことば”の中に
本当の”個”を語るヒントがあるはずで。

香り、しぐさ、動き、装いなど。。

その一片一片が単語に変わって詩のようにその人を語る。

そしてジュエリーもそのひとつ。

ただの装飾品だと思ってしまえばそうなるもの。
でもそこにはある主張が宿っていて、
知らないうちに“印象”という影を落としている。

言葉少なげに、静かにその人の“印象”を作るもの。

気がつけば、ただの装飾品という枠を超えて
その人の一部になり語り始める。

まるでファンタジーを思い描くように、
ジュエリーが人の想像を膨らませるものであってほしい。
その思いを「ポエティーク(詩的)」の名のもとに。



ちりばめられた小さな砂を拾い集めて城を造るように、
壊れやすいものを大事に形にしていく。

モノ作りや自分だけの世界を創造するには時間がかかるもの。
それでもその歓びは、
いつか誰かの喜びへの伝わっていくはず。。。

*

ハンドメイドの温もりを残したジュエリーのコレクションを
シーズンレスに制作していこうと思っています。

生まれたばかりのジュエリーブランド「ポエティーク」を
今後ともどうぞよろしくお願いします!





4 Oct 2014

ジャック・ドゥミ&ミシェル・ルグラン



ジャック・ドゥミがくれたもの。

芸術に生きる歓び。

夢を見てもいいということ。

ファンタジーはそこら中に散らばっていて、

形になるのを今か今かと待ち構えていること。

それはちょうど、地面に落ちたスパンコールが

太陽の光を反射してキラキラと輝き出すのと同じ。



ミシェル・ルグランがくれたもの。

感情の波の素晴らしさ。

その一揺れ一揺れが音符となってメロディーが生まれ、

言葉のないダイアログを話し始めること。

そしてちょうど、ジャズの軽快さが

雨の日を特別な日に変えてしまうように、

閉じた心をいとも簡単に開かせてしまう。



ジャック・ドゥミ&ミシェル・ルグラン。

最高の美学反応。

大学生だった頃、

彼らの作品を初めて見た時の感動は一生忘れない。

しばしば強ばりがちだったマインドは

水蒸気みたいに軽くなって上のほうへと浮遊していった。

「あぁ、なんて素晴らしいんだろう!」

溢れんばかりの色、映像、音楽が

彼らの感性を通って世界を歓びで満たす。




行き場を失ってふさぎ込められていた感情の塊が

ラッパの音と一緒に一気に外の世界へ吹き出した。

気づけば嬉しさのあまり涙がぽろぽろ、ぼろぼろ。。

そんな自分自身に驚いたけれど、

感動の涙は一番美しいと気がついた。

“アート”という意味を持たない言葉に

一気に命が吹き込まれるのを感じた瞬間。

「私は欲しかったのはこれだ!」

と確信した瞬間。

まるで大きな花束を腕いっぱいに受けとったような

そんな歓びに満ちあふれた瞬間。



コンセプトばかりを追い求める毎日の中では

時に頭がショートしてしまう程疲れ果てて、

人生の影の方へ引き込まれがちだけど、

彼らの作品に触れると、

悲しみや憂いさえも美しい色に染まって

朝日で目が覚めたように

もっとずっと明るい方へと導いてくれる。

そして、「YES」が全ての答えになる。

まるでお菓子をもらった子供に戻ったみたい!

嬉しくてたまらなくて、“喜ぶ”ことに夢中になって。。

自分に対して他人面だった“アート”が

「美しかったらそれでいいんだよ」

と軽く囁いたあと、

「仲良く手をつなごうよ!」

と手を差し伸べてくる。

そんな感じ。


「アート」という言葉。

それはいつでも空っぽで在ってほしい。

「種も仕掛けもございません!」

というマジシャンの言葉通り

何のカラクリもない空っぽのボックスなら、

夢と感動を好きなだけ沢山閉じ込められる!

そうしたら、自分はその空っぽな「アート」という箱に

どれだけの夢を詰められるんだろう?

観客が私の箱を開けたら、白い鳩が飛び出す?

それとも、

目に見えない感動のスパークルがそこら中に舞う?

詰まるところ、

「信じるか信じないかはあなた次第!」で幕は閉じるもの。

だから、自分を信じてやってみたい。


人の感情はたまに厄介で

笑ったり怒ったり、泣いたり、どうしようもなく落ち込んだり、

時に壮絶なドラマを生み出すけれど、

それは何かを生み出すエネルギーで特別な力を持った魔法のツール。

だから絶対に失いたくない大切なもの。

もっともっと感動が欲しい!

感動することは、理由なく価値があることを

時と文化と言葉を超えて

ジャックとミシェルが教えてくれる。

merci beaucoup. 





23 Sept 2014

“枠”と“型紙”


あぁ、今年の夏も終わりね。。」

病み上がりのフラフラとした足取りと
まだ夢うつつ状態で座るデスクの前でぼーっとそんなことを思ってみる。
熱で潰れた週末の秋晴れはこの上ない後悔を残すけれど
どこか満足気。

ちょっと無理をした行動の結果は
こんな風にちゃんと自分に帰ってくるんだな。
まるでピンポン球!

*

天気予報によると風向きが変わったらしい。

そうして届いた次のミッション。
新しいプロジェクトを始める時は
空っぽのポストを覗き込むと届いている
真っ白な封筒を手にするかのように胸がわくわくする。


封筒を開けると、
あるひとつのお題がひと言だけ記してあって
これから拡がるストーリーになんともいえない興奮を覚える。
まるで謎解きに挑むシャーロックホームズ、
ひらめきと推理が交差する心弾む瞬間。


そして今回もその封筒は開かれた。
記されていたその言葉は、、

“型紙”

シンプルで未知、
自分の思惑を今度も軽く外させられた!
くるりと向きを変えて吹き流れる季節風のような、
そんなお題。

“型紙”
え、でもちょっと待って。
私の描くひねくれた線を“型紙”にする?!
どうやって?

自分の線は呼吸そのもの。
だから一瞬で自分の呼吸を止められるようなもの。
ショックと共に一気に体温が上昇する。

だって型紙と言えば・・・

洋裁のパターニング、
紙の着せ替え人形かなんかのミシンの線。
なぞってハサミで切り取って、、
そんな作業。
だから、もっぱら分かりやすくて
伝わりやすい線が必要条件
だから枝のように絡まり合うこの線を1本にしないと!


 


 


焦りと戸惑いにほのかに熱い額がさらに熱くなる。
そろそろ危険信号?

慣れないマジックペンを手に取って
何度も何度も描き直す。
なのにいくら描き直してもまっすぐにならない。
太いところと細いところが微妙に残ってしまう。

面白いことに、自分の描く線は
この生まれつきのくせ毛のうねりとそっくりだ!

さあ、どうしよう。。
この“枠”をどうやって乗り越えようか?

自分の中の葛藤は誰にも救えない。
突然突きつけられた決闘書は若干の笑みを浮かべながら
無慈悲にも目の前に立ちはだかっている。

“ルール”とも言えるこの静かなる“枠”
妥協ととるか、チャンスととるか?

(そりゃ、チャンスでしょ!)

どこからか聞こえてくるその声の主は
まさしく自分自身で。

切れる寸前にスイッチが入るヒトの楽観的思考の不思議は
またもやこういう場面で発起されるらしい。
だって、
今さら気取ったペサミストの振りをしてる時間なんてないじゃない。
締め切りの向こう側で
旗を振って待っている人たちがいてくれるのに。

そうやって自分の中のオプティミズムを
今こそヨイショと引っ張りだして
その“枠”と戯れてみることにする。

そして、その延長線に見えてきたのはこんな答え。

(ふーん、線がダメなら色で遊んでみようか。。
あとは質感と立体感と。。
あれ? これってジュエリーデザインっぽい。
なんだ、デザインイラストだと思えばいいんじゃない!)

すると急に心が軽くなって、
同時に自分でこしらえてしまっていた“枠”に気づく。


知らず知らずのうちに、“絵を描く”ことと“デザイン”することを
ぷっつり分けてしまっていたみたい。
こんなにも密接な関係にあるはずなのに。
同じ棚の違う引き出し。
探しやすいのに、探せずにいた。
きれいに整理整頓することは
たまにこんな罠を自分に仕掛けてしまう。。
なんて皮肉なこと!

デスクの上はいつもくちゃくちゃなのに、
無駄にキッチリと整理されすぎていた頭の中は、
どうやら見えない“枠”だらけ!

忙しくて時間がなければないほど、
行き交う情報が多ければ多いほど、
見えない“枠”
忘れてしまわないように?
見落としがないように?
それとも、
物事がごちゃごちゃになる前に
ある程度の強制力を持ってコントロールしておきたいから?

そんな風に“仕分ける”だけの“枠”なら、
制御する為だけの"枠”なら、
たまにはとっぱらってしまった方がいい。
物事を簡素にくくることはそんなにも賢くない。

この社会で設置される色々な“枠”も然り。
性別、年齢、国籍、職業等。。
これまた頑丈でびくともしない“枠”の数々!
それらは簡単には撤去できるものじゃないけれど、
抜け道はいつでもどこかにあるはずで。。

例えば・・
それらの“枠”の中でどう遊ぶか。
どのツールに変換して
どんな線の絵を描くのかに少し似ている。
“枠”が与えられて、
自分の中の創造性がより活発になっていくイメージ。
頭と心を駆使しながら
本当の“自分らしさ”を見分けるチャンスかもしれない。

必要なのはきっと、
思考回路の変換とアイデアとちょっとの忍耐!
どんな状況下でも自由に泳いでいけるように。


*


今回届いた“型紙”というミッション。
それは、自分にとって予定外に吹き出した季節風みたいで
ポンと背中を突かれて、
ボーダーラインの向こう側へ一歩押し出された気分。

絡まった毛糸の玉を注意深く解いていく作業の途中では
いらつきを感じたりもするけれど、
いつしか楽しい作業に変わっていたりもする。

そう、困難だけど夢中になってしまうことには、
いつでも新しい発見がついてくる!

こんなわくわくする風が好き。

次の新しい白い封筒はいつ届くかな。。







10 Jun 2014

Scent of a Life...





「今年はどれにしようか?」

6月の今日は誕生日。
この頃になると自然と頭をよぎる
重要な行事のひとつ。
それはとても個人的な、
そしてもはや今では儀式的にもなりつつある密かな楽しみ。

そう、それは新しい香水を見つけること!

そんな訳で6月の休日は専ら街中を香水ハンティングする。
何をする訳でもないのに忙しい。
女友達を誘うけれど、それはどこまでも個人的探求作業。

そういえば昔、デパートの片隅に小さなカウンターの香水屋さんがあって
学校帰りに母と一緒によく行ったっけ。
好きな香りを調合してくれるとても小さなお店。

「これ好き、これ嫌い!」

幼いながらにも、真剣に自分の好きな匂いを探した記憶。
スイカズラなんて名前を初めて聞いたのもその頃。
香りよりもなんとなくオシャレなその響きが好きだったりして。
”Emotion"と書かれた小さな三角形のガラスの香水瓶に
少しヨーロピアンに着飾ったおばさんが
手際よくスポイトで詰めてくれた。

あれから何年。。今はどんな香りを選ぶだろう?

それが私の香水の始まり。


学生時代のディプティック、
あの頃はとにかくジャスミンが好きだった。
それから、エルメスにヴァンクリーフ、
キャロンの「Fleur de Roccaile」
アニックグタールの「Eau de Camille」
ラルチザンの「Mure et Musk」に
フレデリックマルの「Portrait of a Lady」
なんていい香り!
だけど、これはまだ手を出さない。
まだとっておきたい憧れの香り!

飽きっぽさで有名な双子座生まれは
様々な香りを試すけれど、
選ぶその一瞬一瞬は無垢な程に真剣で
いつでもそれが一生自分の香りになると信じている。

それも次の運命に出会うまで。。
これってまるで。。?

*


香りはその時々の自分の心情を移す鏡のようなもので
その旅は遠い過去までさかのぼる。

記憶を呼びおこす魔法の一滴。
例えばこんなもの。。

幼い頃に道ばたで摘んだ草花の
青さと苦さ、
祖父母の家の
隅々まで染み込んだ白檀の香り、
晴れの日に干したシーツ、
コーヒーで染めたスケッチブック、
北向きの部屋とその中庭から香る葉巻、
ひとり忍び込んだピアノの下、
(あぁ、今でも覚えている!)
ワックス掛けの階段、
屋根裏のドライフラワー、
潮、
サンフランシスコ、
鼻をつく安物のマニキュア、
コカ・コーラ、
アイロンで焦がしたシャツが放つ微かな甘さ、
雨の日の憂鬱なバス停と
蒸気で蒸しかえる満員バス、
苔、
蒼いアジサイ。。


行く先々ではその場所のその時間だけの香りがあって、
全て無意識に通り過ぎたはずだったのに、
こんなにも鮮烈に記憶に残っているなんて!


香水。
その香りを生み出した作り手の心情と
それを選ぶ側の過去、現在、未来が時を超えて交差する。
底には見えない特別な何かが生まれる瞬間。
アートに似た特別なコミュニケーション。

香りは鼻から脳に伝わると言われるけれど、
もっとハートに近い位置で繋がっている気がするのは、
人は感情を持つ動物だから?
その働きはとても繊細なのに、ウソがない。
使い過ぎた脳をだます感じ。
もしもハートに直に聞いたのなら、
綿密に組み込まれて計算された分析結果よりも
時に的確な答えを教えてくれるはず。



香りを選ぶ時間が好き。
自分の裏側を覗きこむような、とても奥深くて神秘的な時間。
それはまるで目に見えない絵画を堪能するみたい。

香りを表現するのも好き。
それには沢山の形容詞が必要で、
カメラのピント合わせみたいな作業。

脳と感情を同時に扱うそれは、とても知的な作業。

そして香りとは不思議なもの。
それ自体、感情を持たない代わりに
喜びやら悲しみやら、ストレートに感情に訴えかけてくる。
顔のない扇動者。
機転の聞いた言葉を綴らせて、
そして黙らせる。

香りを経験すること。
それは自分の存在を一瞬違う向きから観察する何かしらの手がかりであり、
その瞬間に確かに自分がそこに“在って”何かを感じ取ったという、
あるいは、
その時間と場所を経験したという揺るぎない重要証拠人。

そしてそこから学べることと言えば、、
この自分が実に見事に、ここまで生き延びてきたという
明らかで喜ばしい事実!


*


私にシャネルの香水は似合わない。
少なくとも今の私には必要ない。

「“違い”を知る感覚はいつまでもとても重要です。」

と先日出会った香水売り場の店員さんが言っていた。
なるほど。
好きなものが分からなくなったとき、
好きじゃないものを排除してみる。
うん、面白い導きだし方だな。


過去を振り返るのは好きではないけれど、
香りだけは別。
それはある意味、今の自分を造ってきた主成分たるものだから。
これから先に続く未来にもきっと持ち続ける。
香りに変わった過去の記憶が
自分だけのフォルダに保存されている感じ。
以前は目に入らなかった宝物が眠っているかもしれない。
でも反対に、
未知のものを試してみるのも悪くない。
新しい革命を自分の中に起こしてみる。

そう、全ては自分の直感に従ってみるだけ。



それにしても香りの隙間に通り過ぎる
その感情の流れには”漂う”という言葉がよく似合う。

あぁ、香りはどこまでも人生についてくる。
まるで影の目撃者のように!
香りは人の人生から切り離せない。
だから、今年も香りと共に誕生日をお祝いしよう!

さあここからは、自分探しよりも自分創りの方へ!


Happy Birthday to who I a'm going to be!!